その41:時間だけが過ぎていく

 とにかく、予備審査で強く指摘された、実績の無い状態を解消しなければならない。つまり、システムを運用するのはもちろんだが、記録を維持しなければならないのである。

それも、ただ作成して保存すれば良い訳ではなく、要求事項を満たし、一連のプロセスをクローズさせ、識別して管理しなければならないのだ。

 今までの事例において、記録が満足でないもの、文章の記述が曖昧なもの、乱雑で管理されてないもの、等の改善の必要性が次から次へと発生する。キリが無いのである。

 どこまでやればカタチになるのやら全く検討もつかないまま、あっという間に一日が過ぎていく。本当に一日は24時間あるのだろうか、と疑ってしまうくらい時間だけが過ぎていった、のである。


その42:実地審査まで残り1カ月を切る

 無我夢中のまま毎日が過ぎ、予備審査から早1ヶ月が経とうとしていた。この1ヶ月の間に何か改善されたか、と訊かれたら、返答に困るくらい相変わらずの状況であった。

 やはり実地審査の日程を延期した方が良かったのだろうか、そんな弱気にもなってしまうが、もう何もかもが遅い。選択肢は、やるしかない、のである。

 ところが、また問題が生じてしまった。やはりシステム運用と通常業務との両立である。いくら仕事が無くて暇だと言ってもそれなりの仕事はこなさなくてはいけない。しかもシステムの構築や教育も並行して行わなくてはならないのである。そしてそれは当然余計な手間としか映らないのだ。

 さらにシステムが運用されているので、日常の業務その他に全て適用しなければならない。しまいにはシステム運用に手間がかかり、少ない貴重な仕事さえもが不採算状態に陥ってしまった。

 もう11月も半ば過ぎ、残された時間はあと1ヶ月も無い、のである。


その43:現地審査の現場が無い

 以前より審査リーダーに言われてはいたのだが、実地審査には現地審査なるものが必要である。審査員が現場に赴き、要求事項を満たしているかどうか審査するのである。

 前述しているように、今年は不況で暇である。つまり確定した長期の物件や近隣の現場が無いのだ。審査計画策定の為に事前訪問時にも訊かれたが、実地審査当日に何とかして審査を受けるに値する現場を用意しないといけないのである。

 それも遠い場所では別途審査となってしまう。往復一時間程度の所要時間で無ければならない。

 そしてもう本番直前である。審査側も計画書に記載しなければならないのだ。不特定な現場を用意するわけにはいかない、のである。


その44:やっと現場が確定

悩んだ挙句、数日前に依頼のあった、C社発注の小規模改修工事が頭に浮かんだ。だが、現場に審査員を立入らせるには、顧客に対し事前に事情を説明して許可を得なければならない。大企業のC社がこんな事を許可するだろうか、とても迷ったのだが他に適切な現場が無いのである。そこで早速C社の担当者に事情を説明し、上司の方にもご理解頂いて、やっと現地審査を受ける現場が確定した。

実はそこが、私がISO9001取得を決意した大きなきっかけとなった、当社の信用に関わる不祥事で迷惑をかけた会社である。(その5参照)しかも同じ担当部署、同じ担当者なのである。

恐ろしいほどの因縁であるが、かえって好都合、名誉挽回のチャンスなのである。

だが、もし現地審査で厳しい指摘が出たらさらに信用低下となる、のである。


その45:模擬審査も空回り

 本番も直前となり、実地審査に備えての準備として、模擬審査を繰返す事となった。できるだけリハーサルを実施して、質疑応答に対処するつもりである。

 が、なかなか成果は芳しくない。質問される事、自分の意見を述べる事、きちんと相手の発言の趣旨を理解して自分の意見を明確に述べる事、に慣れていないのである。

 予想される質問とそれに対する回答例を作成し、答えられるまで何度も模擬審査を行っては修正する繰返しであった。

 が、何度やっても大した成果は上がらず、皆が不安になっていくだけ、であった。


その46:書類確認の為残業続く

 本番までに、不足している記録類の作成及び追記、文書の確認等を可能な限り実施しなければならない。我が社は、どんな小さな現場も品質マネジメントシステムの適用範囲にしているので、該当しているものは多岐にわたる。

 暇で仕事量が少ないのが不幸中の幸い?ではあるが、それでもシステム運用開始後の実績を全てチェックして、記述漏れの部分は補足し、承認がなされていないものは最後まで処理しなければならないのである。

 システム運用のチェックと、システムについての教育の合間に、書類の確認作業なのである。本番直前、毎日遅くまで社内総出で残業が続いた。

 今さらジタバタしてもどうしようもなかったが、本当は不安で、さっさと帰宅する気にはなれなかった、のである。


その47:ついに本番前日となる

 無駄な抵抗?を社内で続けているうちに、もう2002年12月も半ばにさしかかろうとしていた。ついに実地審査本番の前日になってしまったのである。

 もう、前日ともなるとさすがに何も手につかない。あとは心の準備をするしかないのである。自分達を信じてベストを尽くすか、それとも、なるようになれ、というような気持ちであった。

 そして夕方、もうすっかり雪景色となった道を、越後湯沢駅へと車を走らせた。審査員を迎えに行く為である。ISO9001の為に越後湯沢へ向かうのはもうこれで何度目だろう、これが最後の送迎になるのかならないのか、時折小雪の舞う景色の中、そんな事を考えながら越後湯沢駅に到着し、いつもの新幹線改札口で待った。

 ところが、またまた乗降客のなかにそれらしい人が見つからない。こんな事がこれで何度目だろう、と思っていると乗降客集団の最後の方に審査リーダーのK氏を見つけた。K氏もこちらを見つけて手を挙げた。後ろについてくる背の高い人がもう一人の審査員S氏らしい。

 K氏は二度目だがS氏は初対面なので挨拶をすると、かなり温和な人である印象を受けた。駅からの車中で、今日の宿は露天風呂付き温泉である旨を告げると、予備審査の際の審査員から様子は聞いていたようである。かなり喜んでいただいたので、これは良い雰囲気で審査が受けられそうだ、と感じた。審査には関係無い事なのだが、お互いに気持ちよくベストな状態で審査に望みたいのである。    

 審査員を宿に送り届けた後、社内で最後の無駄な足掻きをし、帰り際に神頼みをして明日を迎える事にした。

 明日、明後日の二日間、その為にがんばってきた苦しい日々が頭の中を駆け巡った。結果は、運命の神様だけが知っている、のである。 


その48:実地審査@

 そして、ついに実地審査一日目、当日の朝を迎えた。

受審する側としてはもちろんベストな状態ではない。それどころか最悪に近いかもしれなかった。だが、不安と緊張の雰囲気に浸っている場合ではない。もう本番なのである。

会社に審査員が到着し、ついに実地審査が開始された。最初はトップマネジメントインタビューであるが、これは何とか乗り切れたように見えた。繰返した模擬審査もやっと効果が現れたのだろう。

そして、管理責任者、各部署へと審査は進んでいった。インタビューの回答、文書・記録の提示、その他、時間が過ぎるのが早いのか遅いのかわからなかった。

そして気が付くと、一日目の審査日程が終了していた。できるだけの事はやったがよく憶えていない、それが実感であった。

一日目を終了して、審査員からは特にメジャーな不適合は告げられなかった。二日目も残ってはいるが、現地審査が主なのである。これはもしかしたらうまくいくのではないか、そう思えた。だがどうなるか最後までわからない、のである。


その49:実地審査A

 そして審査二日目、現地審査である。対象はC社発注の小規模改修工事、現場までは当社から車で30分程であった。

 事前の工程表では実地審査の日程と重なっていたのだが、C社側にお願いして実地審査一日目だけ空けてもらい、それまでに作業の大部分を完了させて、二日目の現地審査では試験調整を行うだけで良いよう調整をしてもらっていたのである。

 先に作業人員を現場に向かわせ、予定通り作業を行わせる。そして後ほど私が審査員を伴って現場入りする段取りとなっていた。

 現地審査は当初、審査員K氏1名が出向する予定であったが、一日目の審査予定が順調に進んだ事からS氏も現場へ行く事となった。小規模の(しかも狭くて足場の悪い)現場に審査員が2名も出向しての審査である。作業員達は朝からかなり緊張の面持ちで、作業や審査よりも安全面は大丈夫だろうか?と私は不安になった、のである。 


その50:実地審査B

 現地審査への対策は万全とは言えないが、十分段取りを重ねたつもりであった。特に現地審査対象である現場に関する計画文書類には注意し、作業人員に関しても私が審査員の付添いをしなければならない為、事前に慎重な引継を行ったつもりだった。

 それが、予想外に呆気無かった、のである。

 雪が積もって足場が悪く寒い屋外(現場事務所無し)での審査に、審査員の休憩所をも憂慮していたのだが、そんな心配は無用な程に短時間で現地審査は終了し帰社となった。

 もしも不適合があれば審査員は質問を重ねるはずである。短時間で終わったのは不適合が見られなかったからでは無いのか、そう思わずにはいられなかったが、結果は審査後会議で明らかになる、のである。


その51:実地審査の結果は…

 我が社の(品質に関する)人員数では、実地審査に要する時間は3日(審査員2名で1日半)である。実地審査は予定通り順調に進み、2日目の午前中で審査が完了した。

 そしてついに審査後会議となり、審査リーダーより実地審査の結果が発表された。

 その結果は、軽微な不適合が4件、重大な不適合は見受けられない、との内容であった。つまり、4件の軽微な不適合を是正しそれが確認されれば、登録決定会議を経て認証登録となるのである。まだ正式に決まったわけではないが、最早登録を約束されたも同然であった。

 長かった苦労と努力の成果がようやく実を結んだかに見えた、のである。


その52:複雑な心境の理由

 こうして実地審査は終了した。指摘事項の是正を完了させて、それが認められれば晴れて認証登録されるのである。

苦労がやっと報われたのであるからとても嬉しいはずである。それなのに何故か嬉しくない、のである。それどころか複雑な思いなのであった。

 それは、まずこれから、このシステムを有効に継続的な改善をしていかなければならない。これがベスト、のシステムは存在しないはずであるから、これからも手綱を緩めずさらなる努力を続けていかなくてはならない。要するに、これからが本当の意味で大変なのである。

 また、今回の実地審査(登録審査)では当社システム運営の現状の全てを審査されたわけではない。たまたま審査の対象になった範囲でメジャーな不適合が発見されなかっただけなのだ。明らかな不適合は把握しているだけでも数多く存在するのである。

 つまり、「ほぼ問題なくシステムが運用されている」では無く、「システムを運用しようという努力(痕跡や意志)は見受けられるのでおそらく問題無いと思われる」と審査側が判断した、であろうと解釈しなければならないのである。合格点というよりは次第点をもらったようなものかもしれない。

 こんな現状のまま、結果として認証登録を受けても良いのだろうか?そんな気持ちが強く思いは複雑であった。

認証登録後には盛大に祝賀会を開催する企業もあると聞いたが、とてもそんな気分にはなれなかった、のである。


その53:指摘事項の是正

 実地審査が終了して一息つきたいところであるが、これで全てが終わったわけではない。指摘された不適合の是正処置を行ってその有効性が確認されないと登録決定会議に推挙してもらえないのだ。しかも、期限内に是正が完了しなければ実地審査の結果が失効してしまうのである。

 その為、早速是正に執りかかる事にした。さらにシステムを修正し、マニュアルや規定類の改訂、記録帳票様式の変更等を行って、同様の不適合が再発しないように改善するのである。それらを審査側に提示して有効性を証明するのだ。

 だが、是正処置とはただ直せば良い、というものでは無い。明らかな再発防止策を講じて、その内容が妥当かどうか効果的に運用している実績を示さねばならないのである。

 気が付くと、もう2002年も暮れである。正にISOに明け暮れた年が終わろうとしていた。慌しくあっという間に過ぎた一年ではあったが、一つだけ言えるのは、努力は無駄にはならなかった、という事である。


その54:是正確認される

 是正と一口に言っても簡単では無いのは以前にも述べた通りである。以後気をつける、とか、とりあえず修正した、だけでは是正とは認められない。あくまでも効果的に同様の不適合が再発しない対策を講じ、かつその効果が有効かどうかを検証しなければならないのである。応急処置と是正処置の違いが依然として明確で無く、システムの変更にはまたしても苦労する事となった。

それまでと同様、初めての事なので少し手間取ったが、数回にわたるやり取りを経て何とか是正処置の妥当性が確認された。そして年明けの登録決定会議に上申するとの連絡を戴いた。

1月半ばにはついに認証登録となると思うとやはり待ち遠しいものである。だが、またしても順調に事は運ばなかった、のである。


その55:登録決定までの日々

 そしていよいよ登録決定会議当日を迎えた。さすがに何も手につかず、朝から吉報(電話)を待った。ところが夕方になってもさっぱり連絡が無い。もしかすると認証されるには不十分となり保留になってしまったのだろうか…。だがそれなら連絡くらいはあるはずである。たまりかねて審査登録機関であるA社に連絡を入れた。

 電話に出たのはお世話になった営業担当のF氏である。何と、是正に対する検証期間が十分で無かった為今回の登録決定会議には上申されなかった、との事であった。次回の会議に上申される予定だったのである。まるで肩透かしをくらったような気分だった、のである。


その56:ついに認証登録となる

 今度こそ、の思いで平成15年1月29日、登録決定会議予定日を迎えた。そして正式に財団法人日本適合性認定協会(通称JAB)認定審査登録機関によるISO9001:2000の認証登録となったのである。

 振り返れば、長いようであっという間だった準備期間、苦しくて何度辞めようかと思った事か、そしてウチの会社ではやっぱり無謀だったかと諦めかけた事等、色んな記憶が次々と思い出となって蘇ってくるのであった。

 我が社の品質マネジメントシステム運用は、これで一つの区切りを迎えた。そしてこれからまた新たな出発となる、のである。


その57:実感が今ひとつ…

 ついに我が社はISO9001認証取得を果たした。だが、実感が今ひとつ湧かない、のである。まだ手元に登録証が無い事も事実だが、本当に登録されたのだろうか、悪い冗談では無いだろうか等と、現実味が無いのであった。

 もしかすると、寝て起きたら夢から覚めてしまうのでは無いかとも思ってしまうほどに実感が無い、のであった。


その58:虚脱感でシステムが停滞

 さて、実地審査を終え、何とか是正が完了した後は、予想通り張詰めていた緊張が途切れ、システム運用に目を光らせていた神経が散漫となってしまった。社内ももちろん例外では無く、追われるままに従っていた文書化及び要求事項の明確化もどこへやら、となりつつあった。

 このままではシステムが停滞し、せっかく構築し運用実績を重ねてきたものが無駄になってしまう。そうは思っているのだが虚脱感に包まれた雰囲気の中ではなかなか次のステップに進めない、のである。


その59:審査登録機関を訪問する

 審査登録機関から登録証の受け渡しについて連絡があり、郵送するかどうか尋ねられた。私は今回お世話になった審査登録機関A社を訪問してみたいと考えていたので、直接受け取りに行くと伝えた。ちょうど、以前より取引のある横浜市内の電設業者へ別件で所用があったので、ついでにまわる事にした。

 こうして2月13日早朝、新幹線に乗って東京方面へ向かった。先に横浜で所用を済ませ、A社のある日本橋堀留町の最寄り駅である人形町に降り立ったのは午後の事であった。

※現在、審査登録機関A社は移転しています

 閑散とした、小さな雑居ビルが立ち並ぶ小路を、地図を頼りに歩きながら、本当にこんな所に審査登録機関が存在するのだろうか、もしかしたら最後まで騙されていたのではないか等と、冗談にもならないような事を考えたのであった。

 そうしているうちに一つの建物にA社の小さな看板を見つけ、中へ入るとそこは想像していたよりもずっとこじんまりした事務所だった、のである。


その60:待ちに待った登録証

 応対していただいたのは審査部長のF氏(当時、現在は代表取締役社長)と業務部長のH氏である。私としてはどうでも良かったが、登録証の授与式という事で記念撮影までしていただいた。そして短時間ではあったがISOについて話し合う機会を得た事は非常に有意義であった。本来、審査登録機関とは検査(事務的な審査)で合否判定を行うだけものでは無く、審査によって(その会社の)システムが有効であるか或いは無理や無駄な事であるかを検証するものである事を再認識したのである。

 こうして晴れて登録証を手にA社を後にした。感激だったのはその直後、私がA社を出た後に入れ違いで帰社した営業のF氏が走って追いかけてきてくれた事である。外出中との事だったので、今回はお会いできないと思っていただけにとても嬉しかった、のである。


次回更新時は…
その61:周囲の反応は…をお送りします