その21:もう1名を内部監査員講習に参加させる

私が内部監査員養成の講習に参加した事は既に述べたが、さらに1名を養成しなくてはならないのである。そこで工事部内から責任ある者を選出し、審査登録機関選定前に、私が受講したところへ申し込んだ。

そして、2002年6月の初旬、T社主催の内部監査員養成セミナーに参加させたのである。

私が受講した際には、目から鱗、で、受講する前はチンプンカンプンだった参考書が、受講後に再読したら、なるほど!の連続だったのである。今回は要求事項解釈の理解者が1名増えると思うとかなり気が楽、であり楽しみでもあった。

そして、受講して帰社した本人だが、だいぶ理解できて、いい勉強になっただろう?」と言う私の問いかけに対し、「とにかく難しい…、大変だ…。」と繰り返すばかりであった。

私が落胆したのは言うまでも無い。


その22:品質マニュアル作成に苦労する@

とにかく品質マニュアル作成あるのみ、である。

品質マニュアルを作成する事はもちろんであるが、ISO9001の要求事項ではその他に下位文書となる6規定を作成しなければならない。もちろんそれだけでは社内の品質管理規定を記述しきれないので、様々な管理文書も必要となってくる。

作成を繰り返しながら悩んだ結果、作成する文書として(以下は我が社における文書名である)、「品質管理マニュアル」、「文書管理規定」、「品質記録管理規定」、「内部品質監査規定」、「不適合製品管理規定」、「是正・予防処置規定」を作成する事とした。

6規定のうち、是正処置と予防処置は内容が酷似している為、1つの文書とした。

その他に、「共通実務運営マニュアル」という文書を作成し、そこに詳しい規定要領類を記述する事として、その他必要な規定類を最小限作成する事にした。

これらを少しずつ、それも並行しながらの作成である。先の事を考えると意欲が喪失するので、深く考えずに作成していった。

これも、冷静に考えると明らかに無謀であった。


その23:品質マニュアル作成に苦労するA

文書を作成していくうえで、困難なのは日本語の難しさ、である。

文の体裁を整えるのも大変だが、正しい日本語を使用して誤解の無い文章にしていかなければならない。これは大変な苦労である。

また、ISO9001では、全てにわたって整合性がとれていなければならない。文書と実態が矛盾しているのも不適合だが、文書間で異なった記述があればそれも不適合である。

同一文書内の矛盾点除去及び文書間での整合性を確認するのは、文書を作成するのと並んで神経を使い手間がかかる作業である。例えればプログラムのバグ取りのようなものだ。

もちろん一人での作業であるから、見落としや記憶違いは発生する。だが、ある程度の権限を持ち、社内組織から現場に至るまで把握している人間が作成しているのであるからまだ話が早い。

他所の大企業などは大変な苦労をするのだろうな、などと思うと多少は気が楽になった。だが、気は抜けない、のである。


その24:抵抗勢力相手に苦闘する

着手前から予想はしていたが、社内教育及び指導を進める毎に、社内から不満が聞こえてくるようになった。

まず、内容が難しい、のである。プロセス、不適合、レビュー、顧客満足度…用語と意味を理解させるのがまず一苦労なのだ。

そして、書類記入の手間が増える、のであるから、ただでさえ書類に慣れない者にちゃんとした文書・記録を残せ、と言ってもできないものはできない、のである。

それから、責任と権限が明確にできない、のだ。所詮は同族経営の零細企業が基である。しかも兼任が多く、思い込みや“だろう”判断で日々の業務を遂行しているのだから、ちゃんとした事をやり、しかもカタチに残せ、というのは不満の嵐、である。

しまいには、私以外が全て抵抗勢力化し、管理責任者は孤立してしまった。まさに四面楚歌である。

ついに、取得活動も危機に瀕してしまった。


その25:仮運用はしたものの…

時が経つのは早いもので、もう7月になってしまっていた。予定していたISO9001仮運用開始である。

だが、現実はというと、書類も満足に仕上がらない、教育も遅々として進まない、積極的な活動ができない、のである。それは何故か?最大の原因は、周囲の理解と協力が得られないから、なのだ。

何しろ、是正より理解が先、理解よりシステム構築が先、システム構築よりも周囲の協力が先、といった具合で、どれを優先すれば解決の糸口が見つかるのか、頭が痛いだけである。

ところが、少しずつではあるが、社外からISO9001取得の必要性についての声が聞かれはじめた。景気低迷の現況における危機感から、電設業界もやっと必要性を認識しはじめたのだ。

あちこちでISO9001についての説明会が開催されるようになると、もう他人事では無い。いずれは避けて通れない、のである。

そこで私は、取得はすぐにできない事、我が社は既に取得活動に入っている事、可能なかぎり負担にならぬようシステムを構築する事、などを社内に訴え、できるだけ協力をしてもらうよう要請した。

少しずつでも説得しなければ先に進めない。

ISO9001は、全員が参加しなければ機能しない、のである。


その26:付け焼刃のシステム構築

社内の全員に、少しずつでも説得を繰り返し、理解してもらうよう努力は続く。

だが、仮運用しているとはいえシステムが整っているわけではない。要するにできていない、のである。

完全にできていないシステムを説明しようにも無理が生じる。結局、説明をしながらシステムを作り、修正していくという手法を取らざるを得なかった。

また、運営実績が少ない為、マネジメントレビューを実施するにも、インプット情報が乏しい、経営者が理解していない、と全くの空回りである。

そして、品質マニュアルは出来上がりつつあったのだが、実務的な下位文書の整備がまだであり具体的では無かった。

社内業務の実情に合わせ、現場の意見を取入れながら作成するのが理想だろうが、とにかく時間が無い。また、理解が伴わない状態では意見も出ないというわけだ

私が、我が社に運営可能なシステムとして構築するしか無い、のである。


その27:正式な品質マニュアル完成する

そして何とか、正式な品質マニュアルが完成した。2002年7月も終わろうとする頃である。そして下位文書も最低限必要なものについて、カタチだけは整った。

我が社の組織を明確にし簡素化する事で、責任と権限の明確化を図った。その為に営業部門は設けず、工事部とそれをサポートする総務部の二本立てで組織編成を行った。施工即ち営業とし、全員営業とする事で不景気対策とする狙いである。

工事部の責任者は私が兼務する事とし、総務部は専務が責任者を兼務する事とした。内部監査員は二度目の外部養成セミナー参加者を監査リーダーとし、私がそのリーダーの業務を監査する事とした。

だが、これらの人選が後に大きな影を落とす事となるのである。


その28:正式運用は始まったが…

そして2002年も8月となった。ついに正式な運用を開始しなければならない時がやってきたのである。

それにしても時間が足りない。月日はあっという間に過ぎていくのである。7月は仮運用として1カ月運用しているはずだがさっぱり結果が出ていない。運用実績もほとんど無い状態なのだ。

私も書類を作成してばかりは居られず、未だに戸惑いと不満が残る社内全員に向かって檄を飛ばさねばならなかった。どうして当たり前の事がちゃんとできないのか、悔しさと空しさが、時として希望を押し潰すのだ。

理解さえすれば、慣れてしまいさえすれば、そう自分に言い聞かせ、地道な努力を重ねる毎日であった。

全責任を賭けたプロジェクトなのである。失敗に終われば…、責任を取る事も覚悟した。


その29:マニュアル審査への対応遅れる

審査登録機関であるA社から、マニュアル審査は8月の末頃であると聞いていた。

8月初旬に確認の電話を入れたところ、その際は連絡をする、というような回答であったので安心していた。ところが、8月半ばを過ぎても審査登録機関から一向に音沙汰が無い。不安になって連絡すると、早く送って頂かないとマニュアル審査の予定日に間に合わない、との事である。慌てて郵送し、予定の審査日に間に合った。

原因は、私が契約時に頂いたスケジュールの一部を見落としていた事、お互いの電話のやり取りに誤解があった事、にあった。

何せこちらは初めてなのである。連絡があるまではアクションを起こさないのが身についているせいもあるのだが。

このときはまだ理解できなかったが、電話ばかりで無い、書面での確認の重要さを後で実感する事となる。


その30:さらに1名を内部監査員講習に参加させる

時の過ぎるのは早いもので、もう9月に差し掛かっていた。

工事部に関しては、少しずつではあるが記録も伴うようになり、運用のカタチが見えるようになってきた。そうなると不安なのは総務部である。

とにかく理解を深め、ISO9001の必要性を再認識してもらうには、内部監査員養成講習が最適である。そこで総務部からも1名、外部の養成セミナーに参加させる事にした。

総務部長を兼任している専務に、さらに責任と自覚を持ってもらう為、参加を要請したが当の本人は、自信が無い、との理由で辞退してしまった。また壁に行き当たってしまったのである。

考えあぐねた結果、総務部の主任を部長に引上げ、行ってもらう事で決着した。早速、組織変更が生じてしまったのである。

新任の総務部長がどれだけ理解して帰ってくるか、前回の内部監査員講習の例もあるので正直期待していなかった。

ところが、受講を終えて戻ってきた総務部長は、私の負担を半減させてくれるほどの知識を習得して帰ってきた、のである。


その31:マニュアル審査の結果は…

登録審査機関からマニュアル審査結果の通知書が郵送されてきた。

その結果は、不適合が11件、観察点が12件、である。内容を確認し検討したところ、そのほとんどが下位文書に明記されているか、口頭で説明すれば済む内容であり、少し改訂すれば是正されるものであった。

つまり、審査を進めていく上で問題は無く、概ね合格ということである。かなりの厳しい指摘が出るものと覚悟していたので、逆に拍子抜けするほどであった。

ところで、マニュアル審査で不明なところは事前訪問で確認する、とある。契約時には全く聞いていなかった事であるが、審査リーダーが来社すると言うのである。

全くシステムもできていない、社内も識別ができていない(つまり雑然としている)のに審査員のしかもリーダーに来てもらっては困る、のである。

マニュアル審査の不適合についての質疑及び事前審査に関して、我が社の審査リーダーを務めるK氏と初めて電話連絡を取る事になった。事前に審査計画書及び個人経歴書を拝見したが、K氏はかなり年配の方(要するにおじいさん)である。経歴は立派なのだが、年配であるが故に柔軟な対応(審査)をしていただけるのか、少々不安である。

少し緊張しながら電話でのやり取りをしたが、結局、不安は増すばかりであった。


その32:品質マニュアルを修正する

マニュアル審査で指摘された不適合について、早速是正に着手する事にした。

と言っても、具体的にどう修正すればいいのかわからない。何せ初めての改訂であり、全てが初めての事なのである。ましてコンサルタントや経験者等、指導を受けたり訊いたりする人がいないのだ。

必要の都度、品質管理委員会を開催して討議はするのだが、マニュアルの作成や改訂、最終的な判断は結局私一人がするしかなかった。

独自で作成した品質マニュアルが大筋で評価されたのである。もう自分を信じてやるしか無い、のであった。

しかも、オプションで希望した予備審査の予定(10月半ば)は目前に迫っていた、のである。 


その33:審査リーダーの事前訪問

我が社を審査する審査チームのリーダー、K氏が来社したのは9月下旬の事である。

今回はあくまでも受審側とのコミュニケーションであり、審査要素は無い、との事であるが、じつは隠密に審査の下調べでは?とも思われ、ひたすら不安である。

前回、A社の営業担当を送迎した時のように、越後湯沢駅の改札口前で新幹線の到着を待った。ところが、前回と同様に、到着した乗降客のなかにそれらしい人がいない。またローカル線側に出てしまったのだろうか、と思いしばらく待つがやはり現れない。不安になって確認の電話をすると、一本遅い新幹線に乗った、との事。不安と緊張の複雑な心境でさらに待った。

そうして、やっと現れた審査リーダーのK氏は予想通りのご年配で(これも大変失礼な記述をお許しください)、私の不安は増すばかり、であった。

しかも、車中では審査の件にあまり触れず、観光名所や気候風土に関しての世間話ばかりである。来社し当社内においても、マニュアル審査の不適合に対する確認を簡単に済ませ、簡単な質疑応答をしただけで帰京となった。

我が社の他の者は疑念と不安に駆られたようだったが、私は、K氏の時折発する意味深な言葉に、この人物が只者では無い事を感じ取ったのだった。

結局、我が社の印象及び評価はどうだったのだろうか、このまま予定通り審査を受けても大丈夫なのだろうか、とK氏がどう感じたのか気になってしかたがない。駅へと送る車中でそれとなく聞き出そうとしたが、これまた意味深な返事を繰り返すだけであった。

私の心配は軽減される事が無い、のである。


その34:内部監査進まず予備審査迫る

予定では、我が社の品質マネジメントシステムにおける最初の内部品質監査(社内名称)は、システム運用開始直後の8月中旬予定であった。ところが、内部品質監査を担当する監査リーダーが理解を伴わず、また社内の不協和音も止まないまま、一向に監査報告書ができる目途が立たない。

内部監査とマネジメントレビューができていないと審査が実施できないのである。

気が付くともう9月も終わろうとしているのである。予備審査は10月11日、もう目の前である。

ところで、参考書類に、予備審査の審査員は実地審査と同じメンバーであれば有利でありできるだけリクエストをすべし、とある。ところが、送られてきた予備審査の計画書には違うメンバーの名前が。A社に問い合わせると、JABの規定でやむを得ない、と言う。

結果は予備審査でほぼ決まると言われているだけに、システム・人員・文書・運用実績…全てが不適合だらけの現状、しかも目に見える不適合さえも具体的に抽出できない内部監査、かつ実地審査と異なる審査員、に、苛立ちと諦めそして不安が交錯するだけだった。


その35:対応が間に合わず

予備審査はあくまでオプションである。つまり予備審査でダメでも不合格という事にはならない。ただし、場合によっては実地審査を受けるのは時期尚早、システムが不十分ですよ、と言われる可能性は大、である。

ギリギリまでがんばったつもりであったが、私一人でどうこうなるものではない。あっという間に予備審査の前日となってしまった。

ところで、我が社の人員数からいくと予備審査の規定所要時間は2日間、という事である。つまり2名で一日なのである。

審査側は日帰りでは大変という事で、前日にやってきて我が社の近くに宿泊する予定になっていた。だが、宿泊費及び交通費は当社負担なので、こちら側としては当然宿泊して頂かないほうがありがたい。しかし、お互いに早朝から段取りをして負担になるよりも、気持ちよく審査を進行させたい、と判断したのである。で、今回も私が越後湯沢駅まで送迎なのである。

指定の時刻に、これまた同じように改札口前で待っていると、やってきたのは審査員のI氏とO氏である。早速、車中雑談をしながら宿に向かった。

当社側で手配した宿は露天風呂付である。審査員にリラックスしてもらい、審査を円滑に進めるつもりであったのだ。それにI氏とO氏は思ったよりも気さくな人柄のようであった。これは明日の予備審査は何とかなるかもしれない、と感じた。

が、次の日が長い長い一日になろうとは夢にも思わなかった、のである。


その36:予備審査@

ついに予備審査当日の朝がやってきた。当然ではあるが初めての審査であり、社内は緊張と不安の重苦しい空気に包まれていた。だが私は、社内への指示や確認もそこそこに、審査員を迎えに行かなければならなかった。

緊張の為に満足な受け答えができなかったり、突拍子も無い回答をしてしまったりしてはとんでもない事になる。だが、今更無理に繕っても、何せ相手はプロである。下手なごまかしが余計な失敗を招く、のである。

そして審査員を迎えに行き、簡単な挨拶及び審査前会議を行った後、早速審査が始まった。案の定、こちら側は皆カチコチに緊張してしまっていた。

最初は一番の難関、トップマネジメントインタビューである。もちろん、経営者がシステムを完璧に理解しているはずも無く、管理責任者が同席しての質疑応答なのである。

但し、経営者への質問を代行して答える事はできないのであるから(補足は可)、予め用意しておいた虎の巻を駆使するしかないのであった。

それでも、経営者として最低限認識すべき事項は答えてくれると思っていたが、そのはかない希望はあっさり打ち砕かれた、のである。


その37:予備審査A

審査員からのインタビューに対し、我が社長は終始しどろもどろの状態であった。只でさえ理解不足であるのに、質問に対する準備をしていないうえ、緊張しっ放しであったので無理もないのだが。

結局、質問に対し私が虎の巻の文章を指差してそれを読んでもらう、というお粗末さであった。そうして何とかトップマネジメントインタビューは終了したが、誰が見ても不適合は明らかなのであった。

その後、管理責任者への審査も無難に切り抜け、午前のスケジュールは終了した。が、トップマネジメントインタビューで回答に手間取った事もあって、時間が予定よりも大幅に遅れてしまっていた。

そして午後、総務部及び工事部に対する審査が行われた。午前中は何とか持ちこたえたが、午後では、厳しい審査により不適合が次々と指摘される事になる。


その38:予備審査の長い一日が終わる

 システムが整っていない(厳密に言えば運用ができていない)状態で予備審査を受けているのである。サンプリングによる審査とはいえ、プロが見れば不完全(不適合)であるのは明らかなのだ。

 予備審査のチームリーダーであるI氏は特に細かい指摘をする、と審査リーダーのK氏より聞いていた。午前中はそうでもなかったが、午後の工事部に対する審査では、品質記録の曖昧さや処置事例の未完結等、厳しい指摘がI氏から出された。

 ・記録がすぐに提示できない⇒記録が管理されていない

 ・実施しているが曖昧である⇒手順化されていない

 ・是正予防処置が完全でない⇒事例があるとは言えない

 などと、言訳のできない不適合が次々と指摘される。

 承知はしているのだが、マニュアル審査まではスムーズに来ただけに、管理責任者としてはとても苦痛である。だが、できるだけ多く指摘してもらい実地審査に備えなければならない事も事実なのであった。

 結局、37箇所の不適合指摘と、理解度及び運用の不足及び必要な事例不足等々が明るみになり、散々な予備審査となった。

 予備審査を担当した審査員の結論は当然の如く、現時点では登録審査を受ける準備ができた状態とは言えない、である。

 このまま予定通り2ヶ月後に迫った実地審査に突入するか、さらに時間をかけて運用と準備を積み重ねるか、選択を迫られる事となったのだった。


その39:再びシステム修正

 さらに時間をかけてシステムを運用するというのは、つまり先送りするという事である。これ以上時間をかけたところでダラダラと無駄に先延ばしするも同然なのだ。

 まだ余裕があると思うとつい気が緩み手を抜いてしまうのが、人間の真理である。ましてやりたくも無い事を強要するも同然なのである。短期決戦しか道は無い、と覚悟を決める事にした。

とにかく、予備審査で指摘された事を修正し、審査員から注意された事項をどんな些細な事でもシステムに反映させるしかない。早速、またシステムの変更、つまり規定類の改訂である。

再三にわたりISO9001要求事項の検討を行い、社内の現状を見直し、それらのギャップを埋めながら品質マニュアルを改訂していく。そして改訂で生じる矛盾を無くしながら、同時に他の規定類も改訂していく地道な作業を何回も続けるのである。

相変わらず比較するものも無く、指導助言する者もいないまま、ただ自分を信じてやるしかなかった、のである。


その40:勉強会を繰り返すも…

 システムを改訂するだけでなく、さらに社内教育も続けていかなければならない。引続き運用、検討、教育、改訂…の繰返しである。これだけでも十分にP・D・C・Aが回っているようにも思えたが、現実には改善する分以上に不適合が多い。

 できるだけ時間を割いて、理解する為の社内勉強会を繰り返した。が、未だに、わからない、できない、面倒だ、という意識を一掃できないのだ。言葉で説明されると何となく理解したような気になるのだが、いざ規定類を読んで実行しようとすると、わかっていないのである。

 ただ、やらねばならないという認識も社内に芽生えており、少しずつではあるが改善されている兆しはあった。理解さえすればそんなに複雑なシステムではないはずである。長いトンネルの先が見えてきたような気がした。

 が、もう時間が無い、のである。


『その41:時間だけが過ぎていく』はこちらです。